2007年09月17日

キスカ島撤退作戦〜決断より

 木村昌福提督指揮のキスカ島撤退作戦を扱った「決断」がニコニコ動画にありました。



 この「決断」では、ぬわんと木村司令官の声が納谷悟朗さん・・・・・・・沖田艦長に敬礼!!!

 じゃあないですが、第1次撤退作戦で反転した時が

「明日のために今日の屈辱に耐えるんだ」

 に思えてしまいますね・・・・。

 この「決断」で取り上げられていないものでエピソードをいくつか・・・。

 第1水雷戦隊にキスカ守備隊収容の任務が下った時に木村司令官は3つの事を第5艦隊に要望しています

1 霧の発生を利用するために気象士官を配属
2 新鋭駆逐艦の増援
3 電探を持つ新鋭「島風」の増援

 この3つです。この3つは受け入れられています。また第5艦隊からは「2回分の出撃燃料を持っている」と報告を受けています。

 更に他の戦線では考えられない事ですが、守備隊の駆逐艦への収容を迅速に行う為、菊の紋章の付いた小銃の投棄も認められています(一部そのまま積んできた駆逐艦もあるようです)。
posted by まいど! at 03:27| Comment(0) | TrackBack(0) | ミリタリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月07日

大和の沖縄特攻〜あまり知られていない第31戦隊

 今日は日本海軍戦艦「大和」が「一億総特攻のさきがけ」として、日本海軍水上部隊最後の出撃としてその陣頭に立ち、沖縄への途中米機動部隊からの集中攻撃で沈没した日です。
 大和の護衛には、
第17駆逐隊「磯風」「浜風」「雪風」
第21駆逐隊「朝霜」「霞」「初霜」
第41駆逐隊「冬月」「涼月」
とこの駆逐艦を率いる
第2水雷戦隊旗艦の軽巡洋艦「矢矧」
の合計9隻が随伴しています。
「涼月」のエピソードや迎撃したスプルアンスのエピソードなどは以前ご紹介したのですが、大和の沖縄特攻作戦には、あまり知られていませんが、徳山出撃時には上の9隻以外に3隻の随伴艦艇がいます。

それは掃討隊として参加した第31戦隊の「花月」「槙」「桐」です。この第31戦隊の随伴に関しては、良くわかっていない部分もあったのですが、大変興味深いテキストを発見しましたので、ご紹介しておきます。

海軍兵学校72期、海軍機関学校53期、海軍経理学校33期の合同クラス会様の「なにわ会」様のHP

http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/index.html

の中の「戦艦大和沖縄海上特攻作戦余話」

http://www5f.biglobe.ne.jp/~ma480/senki-yamatotokkou-yamane.html

です。このテキストによれば

GF電令作第六〇五号 「一YB指揮官は三一Sの駆逐艦約四隻をもって掃蕩隊を編成し九州南方海面まで、海上特攻隊の対空対潜警戒に任ぜしむべし」

GFは連合艦隊、YBは遊撃隊、sは戦隊です。

つまり第31戦隊は九州南方海域まで進出する予定だったという事になります。しかし

「大和より信号、三一Sは解列反転し、内地に帰投せよ」


の命令で豊後水道で反転徳山に戻っています。第31戦隊が、もともとどこまで行くつもりだったのか、今となっては分からないのですが、「艦長たちの太平洋戦争」でも「槙」だったか「桐」だったかの艦長の記事で
「「途中」で引き返せという命令が出た。」
となっていましたので、あるいは沖縄まで行く心積もりだったのかもしれません、少なくとも九州南方、つまり交戦海域まで行く予定だったわけで、実質的には「片道」と変わりありません。出撃前に矢矧が下ろした候補生を徳山に送り届け、その候補生の見送りを受け、海上特攻隊として出撃し、死地に赴く大和と共に出撃しながら、途中で引き返してきた第31戦隊の乗組員の心中は想像ができません。

 最後に大和及びその護衛艦、そして沖縄特攻時に命を落とした乗組員のご冥福をお祈りします。
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2006年07月29日

ミサイル?火炎弾?・・・・いい加減にしろマスコミよ!

 北朝鮮のテポドン2発射以降のネタ探しで困ったのか、マスコミが「またもや」ミリタリー関係の誤報を出しています。

例えば

http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20060726i103.htm

・・・・もうね、呆れてモノも言えませんわ・・・・。

「火炎弾」って何よ一体(苦笑)、これは恐らく護衛艦がフレアを発射したんでしょうけども、断じて対艦ミサイルや対空ミサイルの類ではありません(フレアの射程なんて1キロも無いと思います)。

 この漁船がどこでこの「水柱のようなもの」を見かけたのか正確な緯度経度が分らないのですが、第8管区海上保安本部は

http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KAN8/training/trainingj.html

警報は出しています。

 ただ、漁船が不安を感じたのは確かなので、「フレア発射を伴う訓練(試験)の際の情報伝達のガイドラインの策定」は必要な気がします。

 数年前だと思いますが、北朝鮮が対艦ミサイルのシルクワーム(射程100キロ程度の通常の地対艦ミサイル)を発射した時に大騒ぎしたマスコミがありました、この時防衛庁はこのシルクワームの発射はそれほど重要視していなかったのですが、大騒ぎしていたマスコミがありました・・・・・・コメントを求められていた軍事評論家が口を揃えて「北朝鮮の通常のミサイル訓練の一貫で珍しくないと思います」とコメントしていて、大騒ぎしているマスコミとの退避が妙に面白かった記憶があります。シルクワーム位の射程の対艦ミサイルなんぞ海自・空自併せれば日本もたくさん持っているし発射試験もそんなに珍しくないんですけどねぇ(苦笑)
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2006年07月23日

隼〜零戦の影で〜

 第2次大戦の日本の戦闘機と言えば、何と言っても零戦が有名です。その零戦と同じエンジンを装備し、性格も似通っている戦闘機があります。それが一式戦闘機「隼」です。
この隼の一型はハ25(海軍の栄一二型とほぼ同一)を装備していたのですが、ほぼ同じエンジンを積んでいる零戦二一型に比べると速度が遅いと言われています(これには重要なカラクリがあるので後述します)。また武装は7.7mm機銃×1、12.7mm機関砲×1で零戦よりも貧弱です。しかし、隼は零戦が持っていない性能を持っていました。それが防弾装備です、一型は7.7mm機銃に耐えられる外装式のセルフシーリングタンクを装備していますし、二型(ハ115、つまり栄二一型装備)以降は12.7mm機銃対応の外装式セルフシーリングタンクを装備して、操縦席後方に防弾板を装備しています。
 隼の防弾性能は当時の欧米の基準からしてもまずまずのもので、当時の日本の技術水準からすればバランスの取れた防弾ではないかと思います。
 隼の速度が遅いのはカラクリがあると書きましたが、これは海軍と陸軍の燃料の差です。開戦前は海軍の方が高オクタンの燃料を使用していたので、そのまま比べると隼には酷です。
 しかし、隼は主翼の構造上主翼に機銃を装備できず火力は低いままでした。隼と零戦を見る限り、1000馬力程度のエンジン装備でいくと何か大きな発明(P-51の層流翼のようなもの)をしない限りは、最高速度550Km/h程度で火力又は防弾装備を犠牲にせざるをえないのかな?と考えてしまいます。
 また疾風も隼二型以降とほぼ同スペックの防御装備ですから、隼と零戦の比較というのは非常に興味深いです。よく零戦の防弾装備を「欧米の機体に比べて○○」(それも大概F6Fなどと比べる(苦笑))と言われる方もおられますが、本来零戦の防弾装備で真っ先に比較するべきなのは同じエンジンの隼ではないかと思います。火力が低いままの隼と「火力だけなら疾風や紫電改と遜色ない」零戦を比べるというのがスジのような気がします。
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2006年07月07日

SM-3への誤解&イージス艦乗員への敬意

 北朝鮮がミサイルをぶっ放しました・・・・・・・、テポドン2が失敗だったのかどうかはよく分りませんが・・・・・、ちなみにこのテポドン2の着弾海域と発射地点を見る限り仮に成功していたとしても日本本土やアメリカ本土への着弾可能性はかなり低かったと思います。もちろん、「着弾可能性が低いから北朝鮮のミサイル発射はOK」というわけではありませんが(笑)
 さて、このテポドン2などで日本のミサイル防衛(以下MD)についての報道がよくなされています・・・・既にノドンミサイルで日本の大半が射程に入っているのですけどね(笑)・・・・このMDは基本的には3段階あります。初期段階のレーザー兵器のABL、中間段階のスタンダードSM-3、最終段階のTHAAD及びパトリオットPAC-3です。この内パトリオットPAC-3は既に実戦投入されていますし、航空自衛隊も配備予定です。スタンダードSM-3は迎撃実験に成功してます。この内SM-3の解説で「銃弾を銃弾で撃ち抜く」とよく解説され、「ミサイルにミサイルを当てる」と理解されているようなのですが、実際の所はちょっと趣が異なります、これは以前岡部いさくさんが解説されていたのですが、SM-3の弾頭というのはちょっと変な例えですが「空中静止」します、どういう事かと言いますと「SM-3」は弾道ミサイルの軌道上に待ちかまえていて直撃させるタイプで、岡部さんの言葉を借りれば「ボールにボールをぶつけるのではなく、飛んでくるボールをキャチャーミットで受け止める」という事になります。


 このミサイル発射は海上自衛隊のイージス艦が警戒に当たっていました。恐らく現段階では「こんごう」と「ちょうかい」が警戒に当たっているはずです(「こんごう」「ちょうかい」の負担を考え、リムパックに参加中の「きりしま」が急遽ハワイから呼び戻されています)、前回のテポドン発射時には舞鶴所属の「みょうこう」が警戒にあたり例のSPY-1が事前のカタログスペックをはるかに上回る性能を叩き出したのですが、この時の「みょうこう」の場合発射兆候が出てから日本海に出っ放しで、唯一の楽しみは補給艦が持ってきてくれる雑誌だったとか・・・・、現在警戒中の「ちょうかい」や「こんごう」の乗員の緊張や疲労はかなりのものだと思います、インド洋にもかりだされご苦労の連続だと思います。この場を借りて敬意を表します。
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2006年05月08日

敵兵の水葬

 木村昌福司令官率いる第2水雷戦隊がミンドロ島サンホセに突入した「礼号作戦」は、木村司令官自らの救助作業などが有名です。以前、旧ブログにも書きましたが

http://d.hatena.ne.jp/maidomailbox/20040502

この作戦に参加した妙高型巡洋艦の「足柄」にもう一つ興味深いエピソードがあります。

 第2水雷戦隊のサンホセ突入を阻止するため攻撃を行なった米軍のB25爆撃機が足柄からの対空砲火に被弾し、足柄に体当たりします。この時米軍のパイロットの上半身だけの遺体が足柄の艦上に残りました。この作戦で足柄が受けた最大の被害はこのB25の体当たりによるものでしたが、この時の米軍パイロットを足柄ではミスタージョンと仮名をつけ、同じ軍人として勇敢な行動に敬意を表し、戦闘後の水葬で彼は足柄の戦死者と全く同様に扱われ、葬送歌「水漬く屍」の吹奏と弔銃の響く中、足柄乗員の敬礼を受けながら水に沈んでいきました。

 これと日米が入れ替わるケースはもっと有名かもしれません。それは現在ハワイで記念艦として余生を送っている米海軍戦艦「ミズーリ」のエピソードです。

 ミズーリは1945年4月11日特攻機の攻撃を受け一機が命中しました(この時のへこみは今でもミズーリに残っています)。この時の写真は極めて有名なのでご覧になった方もおられるかもしれません。

missoury003.jpg

 この時も礼号作戦のB25のパイロットと同じく上半身だけの遺体が収容されました。この時ミズーリ艦長キャラハンはこのパイロットの遺体を水葬する事を提案します。ミズーリ艦内では不満の声も上がったのですが、ミズーリ艦長は「敵兵でも死んだら敵ではない。国家に命を捧げた勇士であり、私の意志である。海軍式に水葬にすべきである」と艦内に放送し、ミズーリは日本海軍パイロットの水葬を行ないます。この時、遺体にかける旗が必要なのですが、ミズーリ艦内には当然日本の旗は無く、信号旗担当の米兵が日本国旗を製作し、その旗に包んで(但し星条旗だったとする説もあるようです)日本海軍パイロットを葬るために丁重に水葬が行なわれました。
 ミズーリは戦死者を一人も出さなかった戦艦であり、ミズーリの生涯で唯一の海軍葬はこの特攻機パイロットの為に行なわれました。

 このミズーリのエピソードは「戦艦ミズーリに突入した零戦」

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4769812450/lineage04-22/ref%3Dnosim/249-9236122-5122726

 に詳しいです。
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2006年04月29日

ソードフィッシュ再録&加筆

 旧ブログでソードフィッシュについて書いたのですが、加筆修正版を再度書いておきます(私はこういうドラマというかストーリーが無いとあまり萌え燃えないほうですので(笑)

 ソードフィッシュは英海軍の艦上攻撃機で、タラント空襲でイタリア戦艦に大きな損害を与え、ビスマルク追撃戦の際には空母ヴィクトリアスとアークロイヤルからソードフィッシュが攻撃に出撃し、ヴィクトリアス機が1本、アークロイヤル機が2本を命中させました。この中でアークロイヤル機の魚雷がビスマルクが舵機を故障させ、ビスマルクの命運は決定付けられました。ソードフィッシュはこの「タラント攻撃」と「ビスマルク追撃戦」の活躍が有名ですが、対潜作戦などでも活躍しています・・・・・・・・しかし、ソードフィッシュは複葉の旧式機です。同じイギリス機のモスキートが型にもよりますが最高速度600Kmを越える高速機で、日本の97艦攻が最高速度370Kmあったのに、ソードフィッシュはなんと200Kmちょっとしか速度が出ません・・・・・新幹線より遅いですね(苦笑)

 〜チャンネルダッシュでの悲劇〜


 この話はハヤカワNF文庫の「高速戦艦脱出せよ」

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4150500029/qid=1146312933/sr=1-1/ref=sr_1_0_1/250-7979923-8346612

で触れられています。

 1942年2月ドイツ海軍はフランスのブレスト在泊のシャルンホルスト、グナイゼナウ、プリンツオイゲンをドイツ本国に帰還させるため300機近いメッサーシュミットBf-109とフォッケウルフFw-190の援護下にドーバー海峡突破作戦(ケルベロス作戦)を実施します。このケルベロス作戦はレーダージャミングなども重要なのですが、ここではソードフィッシュの悲劇に絞って紹介します。

 イギリス側の不手際もあり、この作戦へのイギリスの対応は遅れました。この時「夜間攻撃用」に待機していたエズモンド少佐指揮のソードフィッシュ6機がドイツ艦攻撃に「昼間攻撃」に飛び立ちます。この時エズモンド隊の昼間出撃は自殺行為だから出撃命令を出さないでくれとドーバー海軍区総監はダドリー・パウンド海軍卿に懇請しますが

「大英帝国海軍の伝統的精神は、見敵必戦である!」

と返答され、エズモンド少佐のソードフィッシュ隊は自殺行為と知りながら出撃します。
 トム・グリーブ中佐の回想では


武運を祈ると震える声でエズモンド少佐に告げたとき、
「私がそう言いますと、彼の口元がまるで微笑むみたいにひきつれ、 手は無意識に挙手の礼の所まであがりましたけれども、私に眼を向けていながら私が眼に入っていないのは明らかでした。
 自分がどこに行こうとしているのか、よくわかっていたようです。だけどそれが任務なのでした。顔は引きつれ、蒼ざめていました。それはもうすでに死んでしまった人の顔でした。あの彼の顔だけは忘れようたって忘れられるものじゃありません。」

 更にイギリス側の指揮系統の不手際で、ソードフィッシュ隊を護衛するはずの5個戦闘機小隊の内ソードフィッシュ隊と合同できたのはわずか1個小隊10機のスピットファイアだけでした。更にドイツ艦への接近のタイミングは最悪でした、ちょうど上空護衛の交代の時期でそれまで護衛していたBf-109と交代の為接近してきたFw-190の両方の迎撃を受ける事となり、わずか16機の攻撃隊は数多くのBf-109とFw-190の中に飛び込む事となりました。スピットファイア隊は、ソードフィッシュを守り、ソードフィッシュを雷撃位置へ導くために奮戦しますが、わずか10機の護衛機では雲霞の如く押し寄せるドイツ戦闘機隊からソードフィッシュを守りきれず、ソードフィッシュ隊への接近を許してしまいます。ソードフィッシュは低速で、フォッケウルフでは速度差がありすぎて攻撃できないので、フォッケウルフは脚を下ろしフラップも全て下げてソードフィッシュを攻撃し、エズモンド隊長機がまず撃墜され一機また一機とソードフィッシュは撃墜され、遂にソードフィッシュ隊は全滅します、この間わずか4分だったと伝えられています。この様子を見て、シャルンホルスト艦長のホフマン大佐は、「かわいそうに・・・あんなにのろくてはなぁ。まるで自殺じゃないか」と呟いたと伝えられています。

 エズモンド少佐はビスマルク追撃戦の際も空母ヴィクトリアスから出撃したパイロットですが、このチャンネルダッシュの際に命を落としました。エズモンド少佐にはヴィクトリア十字勲章が授与されました。

 タミヤの説明書によりますと

この攻撃があまりにも悲愴であったために、タラント軍港への夜襲、ビスマルク撃沈以上にイギリスの人々の心にソードフィッシュの名を刻み付けたのでした。


 という事です。・・・・・・・・・なんだか日本海軍の「大和」と同じように「悲劇」によってソードフィッシュは人々の心に刻み込まれたのかもしれません。
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2006年04月25日

零戦四一型&NHKの番組

 タミヤから32分の1の零戦二一型が発表になっています

http://tamiya.com/japan/products/60317zero_fighter/index.htm

 零戦は一一型、二一型、三二型、二二型、五二型、五三型、五四型、六四型などと更に五二型甲とかサブタイプがたくさんあります。零戦の出現順は大まかに言いますと一一型→二一型→三二型→二二型→五二型となります。三二型の後になぜ二二型?と思われるかもしれませんが、これは三二型と「さんじゅうにがた」と呼んでいることで混乱しているのだろうと思います。これは「さんにーがた」が正しい読み方です。前の三というのは機体の形(3つ目の型という意味ですね)、二はエンジンの形式(一が栄一二型、二が栄二一型、三が金星三一型など)を表します。
 問題は零戦四一型、又は零戦四二型という名称が何故存在しないのか?です。以前は「四」は「死」につながるからと、まことしやかに言われていたのですが、実際には零戦四一型は計画ですが存在します。これは二一型の20ミリ機銃の弾数増加を行なうものです。
 また二二型についても若干誤解があります。零戦二一型はA6M2、三二型はA6M3です・・・・では零戦二二型は?・・・・順番から行けばA6M4のはずです、しかし二二型はA6M3です。つまり零戦二二型は三二型の応急的な改造機なのではないでしょうか?・・・・ちなみにA6M4は恐らく零戦四一型でしょう。
 零戦に関してはNHKの番組などでも取り上げられていたようです・・・・・んが、ちょっと・・・・いや、「かなり」問題がある内容だったようです。
 マリアナ沖海戦で「空襲で日本空母が3隻沈んだ」(実際には潜水艦の雷撃で「大鳳」と「翔鶴」の2隻沈没、空襲では防御力が無いに等しい大型客船改造空母の「飛鷹」だけ沈没)だの、マリアナ零戦の性能に問題があったからマリアナの七面鳥撃ちになったような描き方をしていたようですね・・・・・マリアナの七面鳥撃ちに関してはNHK自身が「電子兵器カミカゼを制す」という名作を残しているだけに残念でなりません。米海軍がCICを持っている以上、米海軍が零戦、日本海軍がF6Fと機種を変えても大して結果は変わらないでしょう。ついでに、「数でも劣る」というのも間違いです・・・NHKの取材班は「あ」号作戦の「本来の主力」の「第1航空艦隊」(第1機動艦隊では無いです念のため)も知らないんですかね???、もちろん「結果」としては数でも劣っていますが、「第1航空艦隊」に触れずに「マリアナで負けたのはあたかも零戦のせい」というのは疑問を持たざるを得ません。
 零戦32型に関しても「ガダルカナルへの航続力が足りない」とNHKは批判的な構成にしていたようですが、こんなの「ラバウルとガダルカナルの間に基地を整備しなかった」という「海軍の作戦上の失敗」を技術側に押し付けているだけですよ(笑)。こんな理屈が通ったら、Bf-109なんかラバウルとガダルカナルよりもはるかに距離が短いバトル・オブ・ブリテンでも航続力が足りなかったのですから、全くダメダメになりますよ(苦笑)続きを読む
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2006年04月14日

大和の煙突

 日本海軍の戦艦の「大和」は映画化の影響もあってか、数多くの考察がなされています。ハードスペックがどーのこーのとか、他の戦艦と比較するとどーのとか数多く語られています。
 この辺りは個人的にはまず海人社の世界の艦船2006年2月号をご覧になる事をお勧めしておきます。この中の「編集部」が書いた記事が私から見ると実に公平公正に書かれているように感じます。

〜性能的にはあまり重要で無い話〜

 さて、福井静夫さんの著作の中で少し触れられているのですが、「大和」型戦艦のデザイン上の特徴の中で「恐らく戦艦では大和型だけ」という部分があります。それは煙突です。大和の煙突の特徴と言いますと「蜂の巣甲鈑」を思い起こされるかもしれませんが、そういった事とはなーーーんにも関係無い、「見た目だけ」の問題です。
 大和の「一本」でなおかつ「斜めの煙突」というのは巡洋艦以下のクラスではそれほど珍しいものでも無いと思うのですが、戦艦では極めて珍しい形です・・・・そもそも戦艦で「斜めの煙突」というのはなかなか思いつきません(苦笑)、屈曲煙突時代の長門のような「煙突を曲げた」形状のものはロシア→ソ連のガングート
gangut.jpg
位でしょうか、でも大和のように「傾斜煙突」とはちょっと違いますし・・・・
 敢えて言えばフランスのリシュリューが上部は斜めになってますね(笑)・・・・これはどっちかというとマックのご先祖様だと思いますが(笑)
リシュリューってのは
richel4.jpg
こんなんです・・・・・・・・・リシュリューもかなり独特ですね。
・・・・・閑話休題・・・・
大和の一本の傾斜煙突というのは実に独特のデザインです・・・でも技術的には傾斜だろうが直立だろうがそれほど重要ではないようですけどね(笑)


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